翻訳練習のためのブログ(意訳あり)

[記事翻訳]ADORからファンの皆様へ

 

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[原文]

https://ador.world/

 

[翻訳]

 

こんにちは、ADORです。

 

NewJeansの7月22日デビュー後、皆様が見せてくださった驚くほどの関心と愛に心より感謝しております。

声援にお応えしようと元々の番組活動の日程を1週間伸ばし、今週の音楽番組の日程を追加しましたがいつの間にか名残惜しくも1st EP 'New Jeans'アルバムの公式活動は終わりを迎えました。ですが公式活動の終わりと共にメンバー達のTwitterアカウントがオープンする予定であり、様々なグループコンテンツ及びマガジングラビア等を準備していますので、次回のアルバムまでたくさんの期待と応援をお願いします。

 

'Attention''Hype boy''Cookie''Hurt'の4曲の活動を準備し、10編のMVを含む、Phoning、ポップアップストア、グループコンテンツ等を準備しながらNewJeansとADORは期待と心配、それから緊張の中で1日1日を送りました。

 

ADORは'New Jeans'というアルバムを通してメンバー達の純粋な自然さ、健全さをお見せしようとしました。

'私たち'という1つの大きな物語を描き、健全で正直な物語をお届けしようと尽力したコンテンツ、ありのままの自声を生かしたプロデューシング、自然な呼吸を強調したダンス等にたくさんの方が共感してくださり支持してくださいました。

これはNewJeansとADORにとって大変大きな力となりました。

 

そんな中トリプルタイトルのうちの'Cookie'の歌詞が問題視されてしまった点につきましては遺憾であります。

予期しない意図が曲解された状況に不快な思いをされた方々、心配していただいた方々にまずお詫び申し上げます。

 

歌詞の問題について、明らかにしたいと思います。

 

'Cookie'は曲の公開前にお伝えした説明のように、'NewJeans'というグループを長い間待ち望んでくださったファンの方々のために作った曲であり、私たちの音楽的な方向性に対する自信を表した曲であるので、タイトル曲3曲中、特別に最後に公開した曲です。

 

'New Jeans'というアルバムの'Attention - Hype boy - Cookie - Hurt'と繋がっていくアルバムの構成には企画意図が存在します。

解釈は自由ですが本来の企画の意図には全曲を通して'供給者と消費者''アーティストとファン'の関係を描いた基盤があり、私たちが表現しようとしたメッセージは曲ごとに隠されています。

 

'Attention'という曲とMVを通してNewJeansというグループが志向する新しい音楽と方向性及び全体的なグループカラーを強調し、皆が私たちに注目してくれるよう願いを込め、続く'Hype boy'という曲とMVではそれを掘り下げていきます。'Attention'で拡張した内容でメンバー達の個性を表現すると同時に各々違った内容の個別ストーリーでありながらもMVの後半、共通で設定されているダンスパーティーを表した全員でのダンスシーンを置くことによりNewJeansの自由な雰囲気と私たちだけのダンスの解釈方式を表現しました。

 

'Hype boy'で'ダンス'を強調したならば続く'Cookie'では'音楽'を強調しました。

この曲は'CDを焼く=クッキーを焼く'というアイディアに着眼し、ガールズグループシーンではあまり始動されてこなかったビートを基盤にこれから私たちが始めようとしている新しい挑戦自体を象徴しています。

食事と飲み物の代わりに(食事と飲み物は主食に分類されるという概念で、私たちの曲では*慣性を比喩しています)副食の概念のおやつを探すなら「慣性を打破する強烈な何か」すなわち主食を超える程の力を持つおやつでなくてはなりません。'Cookie'は曲自体を主食ではなくデザートで表現する謙虚さを見せながらも、主食を超えられるという自信を表した曲です。この曲はNewJeansの音楽的な価値と真新しさに向かう挑戦を含みます。従って全ての人のために作ったが、高い価値があるため無料にはできず、ただADORでだけ出逢うことができるという抱負を含み、デビューアルバムの音楽的な志向点であり、アルバムに対するメッセージとして繋がっています。MVの最初のシーンではクッキーが登場しますが、最後のシーンではCDに代わり終わるという演出を通してそのメッセージを完全に表し、このようなシンボルはCD playerカバン、丸いお菓子のパッケージと同じ形状で可視化しました。

 

最後のトラック'Hurt'は意外にも3曲のタイトルが提案した自信の裏側の正直な心情を歌にし、単独収録曲である理由を表しました。消費者(ファン)の愛を受けることは供給者の自信とは別の問題です。この曲は真新しさを提案した勇気とは別に、相手から認められることを望む(先に近づいてきてくれることを望む)ときめきと願う心を伝えています。

'Hurt'は勇気のある挑戦の後に残る、怖くて正直な心情を訴えかける曲だといえます。堂々としたことを求められる時代を生きているが、本能的にはか弱い存在でもあり得ながら、勇気を出したが挑戦を前に弱くなっている点を同じく語り明かしています。しかしこのような恐怖と正直さでさえありのままを表現することが堂々たる姿であることもあります。

 

NewJeansの名付けの意図でもお伝えしたことと同じ脈絡では、大衆文化はまさに一種の間食(おやつ)を食べる概念とも類似します。絶対に必要とは言えないかもしれない物ですが、ないと物足りず、場合によっては誰かの主食にもなり得る等、もっと簡単に、頻繁に求められるという概念と似ています。特別なデザートは時々、平凡なメインディッシュよりも脚光を浴びる時もあります。そのため主食と副食の優先順位が意味を喪失した'Cookie'という曲を最後のタイトル曲としてアルバムのメッセージを完結させる概念を浮かばせます。

 

ADORは制作期間の間'Cookie'の歌詞についてどんな疑念もありませんでした。

'健全さ'と'真新しさ'という私たちの企画の意図がとても鮮明だったためです。

予想できない全世界のスラングは、全ての人が知り、慣れ親しまなければならない標準語ではありません。

 

主張された内容について多数の英文学博士、通訳、翻訳の専門家、ネイティブスピーカー並びに一般の外国の方に確認しました。

'一般的に使われる概念ではない'という意見が多数であり、'そのような意味があることを知らなかったので調べた'という意見もありました。彼らの共通した意見は、翻訳を解釈するに当たって100%断定して確信することは危険だ、という意見でした。'解釈は主観的な経験と客観的な事実が共に作用するものであるが故に、無条件な断定というのは存在しないものである。同じく事案の脈絡を考慮しなければならない。'と言い、特に'Cookieはよく一般的に使われる性的スラングではないため、単語自体が問題であるとは言えない。ただし受け取る側の主観的経験やスラングの認知によって変わってくる可能性もある。'という意見でした。

また'単数の'Cookie'を表現する事例はごくありふれているため、単数/複数の問題は無意味な論争であり、悪意的な解釈を敢えて適用するか、一部の団体では使用されるスラングを当てはめた場合、解釈の可否が生じることもあるが'100%こういう意味だ'と断定することはできない'という意見を付け加えました。

 

'Cookie'と単数で表現することは日常でよく使われる表現であり、子ども達が見るコンテンツキャラクター自体が単数'Cookie'に比喩されたり使用される場合もあります。偶然にもアメリカのガールスカウトの文化では知らない人の家を訪ね少女達がクッキーを売るという伝統かわあります。関連広告紙には'今日自分の娘にクッキーを売るのか聞いてみて'という文言があります。

 

特に私たちのアルバムで表現されるCookieは先述の通り'慣性を破る概念=音楽=音盤='it'と表現されてるため、翻訳歌詞でCookiesと混用されるとすると不適切な場合があります。

 

今回の事例を契機に、各種スラングについて事例調査が進行され、Cake、Biscuit、Rise、Strawberry、Melon等、日常の平凡な単語がまるで違う意味の隠語として使用されるケースが多々あるということを把握しました。

 

これはどんな単語であれ、けちを付け問題にするなら、被害が出るのが難しいという点が示唆されます。

特にスラングは文化、地域、歴史によって各々別のあり様で表現されるため、不適切か否かを判断する基準が曖昧です。こういった観点ではどんな歌の歌詞も各種の文句から自由になることは難しいです。

 

今回の件と似たような他の歌詞の事例も簡単に見つけられましたが、言及することは不適切なので省略する代わりに、アメリカ人翻訳専門家が私たちにくれた意見を伝えます。

〈'Hey little puppy,eat this taffy,yum'という文書を'可愛い子犬の赤ちゃん、このトフィー(バター、砂糖などを加熱して作る飴菓子)を食べてみて、ヤム'と解釈せず(敢えて韓国語のスラングで代入すると)**'이 개새끼야 엿 먹어라 얌'(このクソ野郎、クソくらえ)と解釈したい人の心をどうやって受け入れたらいいでしょうか?〉

 

ADORは本当に未成年者に対して保護を主張し、良いご意見をくださった方々の意見を有り難く思っており、又、尊重します。

 

しかし皮肉にも無理矢理な主張をする人たちの大部分が生憎にも未成年者に対する保護を盾に自身の目的を拡張しているという点です。

状況に対する理解や把握もなしに、意図を推測し断定することを超え、保護すべき未成年者の肖像を虚偽の文を記載した攻撃的なサムネイルで広報することは'保護'には見えません。

同じくスラングは皆が必ず慣れ、知らなければいけない標準語ではないのにも関わらず、推測を根拠に攻撃的な拡張表現をし、スラングを知らない人たち、特に彼らが保護しなければならないと言う対象に知らせるということが、果たして正しい行為なのかも理解できません。

 

'Cookie'の作詞家2人は韓国籍スウェーデン国籍の英語が母国語の30代の女性です。翻訳家は韓国籍で英語と韓国語が母国語のバイリンガル女性です。制作の意図が鮮明であって、他の不純な余地を疑心できなかったので、全ての該当の問題に唖然としました。

確認できない事実で、作詞家が男性である推定する等の虚偽、根拠のない虚説及び意図自体を歪曲しようとするのが目的に見えます。

これと類似した偏見は、NewJeansが通常のハイティーングループと似た年齢帯(19,19,18,17,15歳)にも関わらず、平均年齢で大雑把にまとめ、ひときわ幼いグループと扱い、'年齢が幼いが故に受動的な態度だ'という固定観念を由来したフレーミングを露わにしていることを憂慮していることは事実です。

 

'答えは既に決まっている'という態度を立て通す人たちには長い説明も意味を成しません。

故に最善の努力をしても全ての悪意的な解釈を毎回避けていけるのか心配もしています。

解釈の方法によって実際は健全なことも、そうではないように見えることもあるからです。

解釈で1番重要な点は事案の脈絡にあると考えます。

脈絡を汲み取っていただきたく存じます。

 

ADORはこれを契機に最善を尽くし誤解を招かないよう尽力します。

 

'Cookie'という曲を発表する以前から変わらず一貫した説明をしてきました。

そして前述の企画意図はアルバムの具現、番組活動まで実現しました。

NewJeansと私たちのコンテンツに健全だ、新鮮だという評価が多かった理由は該当コンセプトに対して私たちの意図と本心が伝わったからだと考えます。

お見せした結果に既に私たちの本心が込められています。

音楽、プロモーション、音盤デザイン、舞台、SNSコンテンツ等、様々な窓口から本心をお見せしてきました。良質な作品に集中し、小さなところではアルバムを構成するひとつひとつ、構成要素、構成方法、数量に至るまでファンの皆様の購買意欲を高める方法を悩みながら準備しました。

全ての面で完璧になることは出来ませんがADORは心からファンの皆様に正直で親しみのある会社になれるよう尽力していく所存です。

 

***睨みつけて得るものがあるからこそ睨みつける者が意味を成します。

得られるものが何で、そんな風に睨んだんだという主張をどんなに繰り広げても説得力に欠けます。

特に年齢が幼いグループに発生するノイズはどんな面でも有難いものとは言えません。

不必要な疑惑を睨みつけることは、常識的でなく、全ての意欲を失わせ、気疲れさせるだけです。

 

企画意図から始まり、最善を尽くし説明させていただきました。

お伝えした脈略と意図、そして私たちの本心を根拠にこれ以上不必要な疑惑はさっぱり取り去っていただき、丹精込めて準備した私たちのコンテンツの'善意'を気を楽に楽しんでいただければ幸いです。

ありがとうございます。

 

 

 

*慣性:ある物体が外力を受けないとき、その物体の運動状態は慣性系に対して変わらないという性質を表す

 

**이 개새끼야 엿 먹어라 얌

개새끼 : クソ野郎等という意味の韓国語のスラング、直訳は'犬の子ども' 

엿 먹어라 : クソくらえ等という意味の韓国語のスラング、直訳は '飴食べな'

 

***相手を陥れて利を得るという意味